河童日記

暇つぶしです

意外

大学院の健康診断があった。身長、体重などはもちろんのこと、胸部X線やら心電図やら採血やら、仰々しい検査を次から次へと受けさせられる。特に採血にはあまりいい思い出がないため、できれば受けたくないものを、いいから受けろというのだから酷なものである。中学生のころ、初めて採血というものを受けた。血液である。私が頑張って作り出した私の身体の一部である。それをまあ気前良く採らせてしまったせいで、その後貧血のようになってしまった。目が眩んで、立っていられないのである。しばらく休んで事なきを得たが、それ以降採血は嫌いである。

おそらくその時以来の採血であったため、内心冷や汗をかいていたのだが、前日、健康診断の案内を見ていた時に、採血の10時間前からは食事を取ってはならないという注意書きを目にして、採血される前から気が遠くなった。健康診断は午前11時からである。要は朝食を取るなということである。以前はそんな縛りなどなかったのに急にどうして、である。いくら成長したとはいえ、血液を作る材料すら満足に摂らずに血液だけを採らせていては、また貧血になること請け合いである。

仕方なく今朝は朝食を摂らずに家を出たのだが、すでに足元が覚束ない。思い返してみれば、記憶している限りでは朝食を抜いたことがない。おそらく初めての経験である。ああ朝食は偉大だと、全身で感じているうちに、いよいよ採血の順番が回ってきた。看護師が三人いて、手際よく学生の採血をしているのだが、真ん中の一人だけその回転率がずば抜けて高い。両脇二人の二倍くらいの速さで採血をしている。きっと速いだけに一つ一つが雑なのだろうな、とぼんやり思っているうちに私を呼んだのは、よりによって真ん中の看護師である。嗚呼、空腹でふらつく私の腕に、雑な看護師が無造作に注射針を突き刺して血液を取るだけ取ったならば、後に残るのは血の気を失って倒れ臥した私に違いない。悲観的な気分すらもはやどうでもよくなって、私は半ば自暴自棄になりながら腕を差し出したのである。

ところがである。その看護師がまあ上手い。針を刺しても全く痛くないし、見事な手際で採血するものだから刺している時間も短く、針を抜いてもほとんど出血していない。一滴の血液も無駄にせず、必要最小限だけ採血して、あっという間に終了である。感心しているうちに採血は終了し、終わってみればふらつきも全くなく、狐につままれたようであった。こうして私の健康診断は、滞りなく終了したのである。奮発して買った昼食のとんかつ弁当が、美味しかった。